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熊本家庭裁判所 昭和53年(少ハ)3号 決定 1979年2月19日

少年 M・R子(昭三七・七・一一生)

主文

本件申請を棄却する。

理由

第一九州地方更生保護委員会の本件戻し収容申請の理由の要旨は次のとおりである。

一  少年は昭和五二年四月一九日熊本家庭裁判所において虞犯保護事件により初等少年院送致の決定を受け、同月二一日筑紫少女苑に収容され、その後九州地方更生保護委員会第二部の許可決定により、昭和五三年四月六日同少年院を仮退院し、熊本市○○×丁目××-××養父M・Yのもとに帰住し、熊本保護観察所の保護観察下に入つた。しかして少年は仮退院に際し同委員会から犯罪者予防更生法三四条二項規定の遵守事項のほかに次の特別遵守事項が定められ、その遵守を誓約した。

(1)  昭和五三年四月六日までに熊本市○○×丁目××の××(養父)M・Yのもとに帰住すること。

(2)  昭和五三年四月七日までに熊本保護観察所に出頭すること。

(3)  素行不良者とは絶対に交際しないこと。

(4)  無断外泊及び家出をしないこと。

(5)  ボンドやシンナー等は絶対に吸引しないこと。

(6)  進んで保護司を訪ねその指導を受けること。

二  しかるに少年は仮退院後同月二〇日までは熊本市内の美容学校に通学していたが、同日家出し、熊本市内の暴力組織と関係があるという氏名も住所もわからない四名位の男の家に寝泊りしたり、かつての不良仲間のところで生活したりその間家人不在中現金二万二、〇〇〇円を持ち出して徒遊し、同年七月二〇日ごろ市内で知り合つた氏名不詳の男と知り合いの女友達とドライブした後同月二二日同人らとシンナーを吸引し、翌二三日警察署員に補導され実母に引渡されたが同日中に家出するなど、前記遵守事項に従わないのみか勝手気侭な生活をつづけている。

よつて少年をこの際再び少年院に戻して矯正教育を施すことが相当と認められるので本件申請に及んだ。

第二当裁判所の判断

一  本件戻し収容申請一件記録及び当裁判所の調査・審判の結果によれば、仮退院後の少年の行状は上記申請の理由の如く家出、不良交遊等法定、特別の遵守事項違反がなされている。しかしながら少年をそのような行動に走らせた主たる原因は家庭内にあつたと考えられる。すなわち、実父母は昭和四〇年六月一七日協議離婚し、少年は実父に引きとられたものの実父が昭和四七年七月二七日死亡し、実母は昭和四四年三月二二日現在の父と再婚していたが、その頃実母のもとに引きとられ、父は昭和四七年九月三〇日少年と養子縁組をしている。しかし現在の父母間に長男も出生し、少年と養父の折合いは悪く、実母には夫への気がねや、バー経営をしている関係上接触が少ないため少年の思慕を満たしてやることができないのみか、反つて少年に対する教育的関心が少なく、躾もせずむしろ放任状態にあつたため、少年は家庭が面白くなく反抗的となつて、家出し不良交遊等の非行に走るようになつた。その結果昭和五二年四月一九日初等少年院に送致され、前記の如く筑紫少女苑に入所し昭和五三年四月六日仮退院したが、少年が当時中学教育未修了のため学科生であつたので少年院の教育に馴じめなく、従つて精神面等の教育効果があがらず、更にその間に家庭の改善も全くなされていなく少年を受け入れる余地はなかつた。実母を慕う少年に対し同女は拒否的であつた。そのような家庭の状況から、少年院の教育の受け入れができていない少年は仮退院後二週間位で家出、不良交遊等前記少年院送致前と同様の状態となり、本件申請がなされた。

二  当裁判所としては、少年の行動や考え方が粗野で基本的な躾もできないこと、少年は未だ年少少年の部類に属することを考えると戻し収容も止むを得ないとも思われるが、少年が戻し収容を極度に怖れていること、現在の家庭の状況下では再度少年院に収容しても仮退院になれば現在の家庭では保護能力はなく、また住込みの生活も出院時の年齢、前記の資質等(相当改善されているであろうが)から問題があり、少年の生育歴、更に少年が養父に反抗し、実母の愛情を求めていることを考えると、この際戻し収容よりも暖かい個人的な指導者から少年の躾や健全な考え方等の教育を施して貰い、同時に社会には平和で健全な家庭が存在し、その生活を身をもつて体験させ将来自分もそのような家庭を作るよう努力する意欲を持たせること、その間に実母との意思の疏通をはかることが必要ではないかと思われたので、昭和五三年八月一七日の審判において少年を当裁判所調査官の試験観察に付し、併せて料理店経営者に補導委託をし、家事の手伝い等をさせたところ、当初はその生活にも馴じめなかつたが、受託者等の熱心な指導のもとに漸次落着きをとり戻し未だ充分とは言えないが以前とは全く変り、考え方や態度も朗らかで素直になつてきている。そして受託者は補導委託が取消になつても自分のもとで店員として働かせることにし、少年もそれを望んでいる。更に少年と実母の間でも心が惑程度疏通するようになり、実母も少年を励ましている状態である。

三  以上によると、現在としては何らかの特別な事情のない限り、少年は受託者のもとで試験観察及び補導委託が取消されても店員として更生していくことが期待できる。そうすると少年を再度少年院に戻すことは反つて少年の健全な育成を害することになるので、本件戻し収容申請はこれを棄却することが相当であると思料する。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 伊藤敦夫)

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